クラファン日記一挙公開③11〜13話(最終)

【クラファン日記○11】

「入金の手続き」に対するお問い合わせが多く届いています!

一度はトライしたけど、「正常に処理できませんでした」という画面が出てしまい。。

支援の心が折れてしまう方がいらっしゃるようで、申し訳ない気持ちになっています。。。

また、そもそもメールアドレスがない方やガラケーの方は、支援はおろか、この情報届かないのでは?

僕の応援者には、そんな状況の方も多くいらっしゃる気がして心配しています!

そこで考えました!!!

「連名」でのお申し込みです。

メールアドレスをお持ちでない方や、支援の手続きが難しそうだという方は、

SNSとかネットショッピングとか得意そうなお近く方に、お声がけすることはできないでしょううか?

また、逆にそのような方がお近くにいらっしゃる場合に

「今度あの青木さんがこんなことやっているから、一緒に応援しない?」

みたいにお誘いしていただけたら、めちゃくちゃ助かります!!

そんな場合!

備考欄に連名のすべての方もお名前を書き記してください。

プログラムへのお名前掲載もさせていただきます。

もし、掲載は不要ですって場合も、支援者のお名前は知っておきたいので、差し支えない範囲でご記名くださいませ。

また、500円づつお二人で千円!、とか、娘(息子)も応援してますって方は、ご家族で千円!とかでもOK!!

お気持ちあるすべての方にメッセージが届くことと、「気軽に」プロジェクトに参加、ご支援いただけることをながっています!青木尚哉 2019/09/17


【クラファン日記○12】

目標達成で無料化(投げ銭制)にしたいと思っています、2020年3月の公演について書かせていただきます!

本公演は、青木尚哉グループワークプロジェクトの3年計画の集成の公演となります。

2017年にスタートして「ダンス」と「身体」、そして「社会」のそれぞれの関わり方をリサーチしてきました。

昨年10月には、リサーチの成果として生また身体メソッド「ポイントワーク」が生まれさらにそれを元に『atlas』が発表され好評をいただきました。

次回作では、このポイントワークをさらに膨らませるために長谷川匠さんを舞台美術として起用し、青木尚哉と長谷川匠の「身体×空間」のタッグが実現いたします。

長谷川匠さんは建築界では若手ながら、その躍進は凄まじく、建築の分野を大きく広げ、その実績を積み上げている、今注目の人物です。

また、建築家以外にもアーティストとしての顔をお持ちで(アーティストとしては、TAKUMIとして活動)世界の各地で個展を開催されています。

そんな中で、ポイントワークに彼なりのアイディアを足して空間を仕上げていただけそうです。(写真は早速彼が作ってくれたコラボレーションイメージです)

また会場は、劇場でなくCPK GALLERYをお借りすることになりました。CPK GALLERYは、ハンガーやディスプレイ製品の製造販売をする日本コパック株式会社が「洋服を見せ方を考えるギャラリー」として去年スタートしたばかりの展示空間です。立地条件も良く(浅草橋からほど近く隅田川のリバーサイドです)、熱意と情熱が伝わってきました。

今年5〜6月にかけて散々歩き回って会場探しをしていた中で出会い、一目惚れしてお借りすることになりました。

僕たちのリサーチ活動「社会の中でのダンスの置き方や見せ方を考える」とも相通じる部分を感じています。

そして作品の仕上げとして公演直前の2月には2週間の城崎国際アートセンターへレジデンス(合宿製作)に向かいます。世界有数のクリエーティブな施設です。2017年度の立ち上げの年から縁があり、今度で三度目のレジデンスとなります。まさにグループワークプロジェクトワークで費やした3年のリサーチの集成にはもってこいの環境が準備できています。

城崎国際レジデンスセンター

この3点が確実に決まっていて、気合いと準備ともに、120%です!

さらに公演は、プレビュー込みで1週間連続7〜8公演を見込んでいます。1公演の入場収容者数は80~100人前後。

トータルで600~800人程度。

もし目標に届けば、チケット代不要で観ていただけることになります。

また、可能性として。

一度ご覧になり気に入っていただけましたら、何度でもリピートできます!

僕が若い頃、すごい衝撃を受けた公演に次の日もリピートしたことがありました。

が、3日目は流石に財布が追いつきませんでした。(アルバイトの身でよく2回も見たと思います。。)

そんな思いもせずに、学生でも、そうでなくても思う存分見ていただきたいのです。

----------------------

芸術は交換制だと思います。

誰かからもらい誰かに渡せれば、支払いはいつでも良いし、額でもない。言い方は不器用ですが、そう感じています。

僕は、若い頃からお金に変えられない恩をたくさんもらって今の自分があります。もちろん努力だってしたと思うし、お金も払いましたが、何故だかそう自覚しています。

その恩をどこかには返したいです。

さらには、このプロジェクトでまた恩をいただくことになります。

それをまた返します。

もしかしたら。

いただいた方のは届かないのかもしれません。

ただ、返します。

もっと循環したい。

滞らない世界に興味を持っています。

金銭的な支援でなくても構いません。

このような話の興味を持っていただけたら、どうぞご家族と、会った人と話題にしてみてください。それが循環の一歩となります。

どうぞ、よろしくお願いいたします!青木尚哉 2019/09/19


【クラファン日記○13】

これから書くことは、けして大きなお金の話ではありません。

僕の身の周りで動いたほんの少し、でも僕にとっては切実なお金の話です。

個人的な話でお聞き苦しくなる内容でもありますが赤裸々に30年をお金と共に振り返っています。

結局のところ、お金に振り回された人生(ダンス)を送っています。

高校生から始めたダンスに夢中になり、大学進学を辞めてひたすらダンスレッスンに通う日々。

18歳。家を飛び出し一人暮らしを始めました。(始めはバイト先の店長の部屋へ居候でしたが。笑)

バレエとジャズダンスを週に10レッスン。残りの時間は全てバイトに費やしました。レッスン代、アパートの家賃、わずかな食費による生活でした。

2年ほどその状況が続いた後、たまに公演の出演に誘われるようになりました。しかし、そのためのリハーサルはたくさんあり、その分バイトの時間は削られ、もちろん下っ端でしたのでフィー(お金)はそれほど多くなく、わずかな食費はますます削られましたが、周囲の暖かい応援に支えられ、なんとか生活を続けていました。

またこの頃から、クラッシックバレエ教室の発表会にゲスト出演する仕事が舞い込むようになりました。これは実際フィー(お金)の良い仕事でした。やり方次第では稼げる仕事。同世代のダンサーでも僕の3倍の年収を得る人もいましたが、ある意味ではダンスへの情熱を見失う恐れもある仕事(←僕の場合は)でしたので、注意深くセーブをしていました。

僕には面倒な体質があるようで、なんとか自分のダンスを手っ取り早くお金に換金しよう!そう思うと、突然体調がおかしくなる。きっと順番の問題だと思うのですが、一生懸命やった結果がお金になる分には良いのですが、お金をもらうために一生懸命になるとどうも身体を壊してしまいます。どうも面倒臭い体質です。笑

いわゆる下積みの時代が続きました。愚痴っぽく聞こえるかもしれませんが、僕としては今の自分を作ってくれた大切な時間でした。

当時、ある恩師から言われたのが「とにかくファンを増やせ」でした。そのための方法として教えられたのが知っている人にとにかくDM(お手紙)を出すこと。まだ携帯もメールも主流ではなかったので、瓦版『公演のお知らせ』みたいなものを自分で書いて、封筒に入れて郵便で出す。20~30歳までの間にいったい何枚の切手買っただろうか?これもお金。笑

しかし、そんなこんなで、自分が呼べるお客さん(チケットを買ってくれる人)はしだいに増え、それがまた他の出演にも繋がっていき、仕事も増えたように思います!

それでも舞台に出れば、また生活(お金)が大変になる。夜中に急に不安になって、飛び起きてしまうような夜が続いていました。

30歳。革命のような変化が訪れます。

日本で初。給料制(年俸の月割り)で踊れるプロフェッショナルダンスカンパニーができるというのです。オーディションには日本中から多くのダンサーが集まりましたが、運よく合格し、滑り込むことが出来ました。

1年契約を4度更新し、トータルで4年半の間をお世話になりました。同年代の会社勤めのサラリーマンと比較すれば、それほど多いサラリー(お金)ではありませんでしたが、人生初の固定給です。

明日に怯える夜(←お金については笑)は無くなりました。税金や年金を定期的に収められるようになったのはこの頃からです。

もう一つの変化は、DMを出さなくなったことです。

ヨーロッパ的な考えのもと、このダンスカンパニーでは、出演者がチケットを手売りする努力をする必要はないと言われ、チケットは制作や宣伝部が売るので、ダンサーはダンスに集中して良い!というのがトップディレクターの考えでした。その点でもお金のことを忘れて、仕事としてダンスに打ち込むことができました。

夢のような4年間でした。しかし、その環境を自ら辞めたのは、少なくともお金の問題ではなかったと確実に言えます。(そのあたりについてはまたどこかで。。)

そして35歳再び、東京に戻ってきました。

実力もキャリアも上がったとしても、東京の状況は何も変わりません。日本初のダンスカンパニーにあったような状況は、15年経った今も日本中にどこにもありません。お金に振り回される人生が再び戻ってきました。

レッスン代をまた支払います。舞台に出演すれば生活が辛くなる日々も再びやってきました。DMも再開しました。この頃にはメールが主流になりました!(わずか5年ですごい変化です、テクノロジー)

この頃、ある公演の制作者と出演交渉をした時に言われたのが、「青木さんのご出演で何人のお客様が増えますか?」という問いでした。続いて「青木さんが〇十名のお客様を呼べれば(チケットを販売できたら)、青木さんの言われる金額のフィーをそのままお支払いできます」と言いました。

途中休止期間はありましたが、長年にわたりDMをしてきたので提案された枚数をお売りすることができフィーをいただきました。この時、DMを習慣づけてくださった昔の恩師へ改めて感謝しました。

いつも観にきてくれている方には、生々しい話で申し訳ないですが、この制作者の課してくれたゴールはわかりやすいものでした。自分のフィーは自分で。

しかし疑問は残りました。フィーとは対価です。見合ったもの価値。値段。どこかの時点で、対価としてのお金を求めることから逃げていながら、やはり今も、お金に縛られ踊っている自分がいました。。。

2020年。自主公演について考ています。

今度はダンサーではなくプロデュースの面からお金の格闘しています。劇場費用に始まり、制作費、宣伝費、スタッフ費用など数多の経費の項目を睨みつつ、公演回数、チケット代の設定を考えています。「一体いくらなら良いのか?」同業者の方もここを一番悩んでいると思います。

そしてお金を中心にもの事を考えている自分に気がつき、また打ちのめされます。。。

大変長くなりましたが、ここからが書きたかった部分です。

次回公演は、対価としてのダンスパフォーマンスを目指しているわけではない。だからと言って、自分がやりたいだけのマスターベーション的な表現をするわけではなく。こうしてダンスで生き永らえてきた僕なりの、非経済的ではあっても見逃せない「社会の身体のつながり」について。そのリサーチの結果をパフォーマンスへと繋げたい。

そんな作品を作り、そして多くの方に観ていただきたい。

そのために、公演をする側と、公演を観る側の間に、チケット代金という「あらかじめの値段」をおかずに実行することができないかと考えました。

それが今回の挑戦の源です!!

これが成立すれば様々な付加価値が新たに生まれるでしょう。生まれてくる価値は想像しきれませんが、観客層の変化には大きな期待をしています。お金が原因で観ることができなかったということは無くなるのです。

お金に振り回されている自分の人生(ダンス)に、一つの問いと応え(正解ではない)を得ることができます。ゴールではなく始まりとなる一歩です。

そのために皆さんのご賛同がいただけましたら幸いです。

お聞き苦しい話を最後までお読みいただきありがとうございます。

ご支援だけでなく、シェア拡散、直メッセージも大変励みなっております。

引き続きあと10日間です、どうぞよろしくお願い申し上げます。

青木尚哉 2019/09/21 



【終わりに】

このクラファン日記のリバイバルについては、プロジェクトメンバーの芝田和さんが、進んで校正を買って出てくれたことから実現しました。それもとても嬉しかったです。どうもありがとう。

「終わりが始まり」とはよく言いますが、今回はまさにその通りの展開で、これからが始まりです。スタートラインにようやく立ちました。これから3月に向けて頑張っていきたいと思います!

どうぞよろしくお願いいたします! 青木尚哉 2019/11/3

0コメント

  • 1000 / 1000

青木尚哉グループワークプロジェクト

2017年4月に発足。共通の身体トレーニングを通して「身体と舞踊の関わり」について追求するグループとして活動。様々な状況で置き去りにされている「身体への注目」を高める活動をしている。