クラファン日記一挙公開②8〜10話

【クラファン日記⑧】


写真の彼のことをお話させてください。

去年の暮れからたくさんの人との出会いがあり、活動は随分と活性化したように思います。多くの方にご支援と勇気をいただいています。写真の彼もそんな中のお一人です。

仕事は警備員です。(見たままの笑)

現在、月一でイベントを開催している「海老原商店」の道路を挟んだ向かい側に巨大なビルが建設中で、今年の2月から僕が頻繁に向かいの「海老原商店」に出入りしているのを彼には目撃されていました。

最初のうちは、実は勝手に引け目を感じていたんです。

だって、工事現場の人って本当にバリバリ仕事しているし、ビルもどんどん目に見えておっきくなってく。我々もダンスを本気でやっているし、仕事と思ってはいるけど、生産性はなく。。。「若い者が昼間から働きもせずに何やってんだ」とか思われているに違いないと、勝手に思ったりしていました。

転機が訪れたのは5月の頃でした。

月一イベント2回目の「集約させないパフォーマン」のリハーサル中でした。なんと彼の方から「これってダンスだろ」って話しかけてきてくれたんです。「あっちで話してたんだけど(工事の仲間と)。あいつらパントマイムとか体操とか、いろいろ言ってんだけど、俺はダンスじゃないかって思うんだけど。それも自由に表現する系の」なんだか、涙が出るほど嬉しくて、「ハイそうです。自由に表現する系で!いろんな人にもっと観てほしんです」って答えました。

それからは、海老原商店の行くたびに挨拶したり、雑談をするようになりました。そして彼に話を聞いてか、工事現場の人もちょいちょい観にきてくれたり、話しかけたりしてくれるようになりました。

その時に気がつきました。

ダンスをしていれば、そして見るためのハードルさえ低くすれば、あんがい観てくれる人はいるんだなと。こんなことして何になるんだろうって思ってしまうこともあるので、勇気をもらいました!

彼がどんな人生を送ってきたのかは想像もつきませんが、毎日通う現場のすぐ前で変わったダンスが毎月行われる、そんなことがなければ、彼は一生こんなダンスは見ることもなければ、知ることすらなかったと思うのです。

同じように、これまでダンス見たり劇場に来たりすることがなかった人たちが、無料だからといって果たしてきてくれるかはわかりませんが、次回の公演を観ていただくためのハードルをとにかく一度めいいっぱい下げてみたい!

それが今回の挑戦なのです。

後日談ですが、明日で彼はこの現場を去るそうです。ビルが完成したので。

バンザイ!!

寂しいですがこればっかりは仕方のないことです。勝手にですが「勇気」をもらったり「恩」を感じたりしたので、寒い冬に備えて靴下をプレゼントしてきました。

「(好きなことを)どんどんやりなさい」そういってくれた彼。

ありがとうございました!

そしてお疲れ様でした!!!青木尚哉 2019/09/10


【クラファン日記⑨】

写真の方、知る人ぞ知るバレリーナの井脇幸江さんです。

Iwaki Ballet Company主宰の彼女、先週の開催された「バレエ・ガラ2019」にて、ご自身の素晴らしい演技と客席を盛り上げる見事なプログラムを作り上げました。

東京バレエ団を退団後、自身のバレエ団を設立し躍進の素晴らしい幸江さんですが、実はその陰には大変なご苦労が存在することを僕はたまたま知ることになります。

僕が初めて幸江さんにお会いしたのは2011年。

Iwaki Ballet Studioの第一回発表会でした。その時は柴田有紀さんの振付依頼を受けソロ作品を作りました。その後も2年おきに主催されているバレエ・ガラにて、「Lilliy」(+81)を踊らせていただいたり、バレエ協会で発表した「互イニ素」を招聘していただいたりと、なんだかんだで8年のお付き合いが続いております。

当時~これまで。

バレエ団を退団されたばかりの彼女は、長年続けてきたバレエ団中と外のバレエ界のギャップや、団員集め、舞台スタッフとの連携など、自分の新たなスタイルや環境を作るための問題が山済みでした。

僕もその頃から現在の根っこになるグループ活動を始めていて(当時は「若葉」という名前で、幸江さんにもスタジオ料の割引など、ご協力いただきました)規模は違えど似たような境遇にいたため、会うたびに苦労話などをよくお話をしていただいていました。

今回の「Iwaki Ballet Company バレエ・ガラ2019」は完全にお客さんとして拝見しましたが、そうした彼女の想いが8年越しで「一つの形」を成して来た!と感じました。舞台とスタッフの一体感もそうですが、客席にも独自のファン層を獲得しているように見えました。

継続は力なり。

8年の月日でトライアンドエラーを繰り返し、他者に受けれられるバレエ団へと成長していったのだと思いました!

前回公演のジゼルでもそうでしたが、今回もアッと驚くプログラムと、スピード間で観客を沸かせました。

「せっかく自分でやるのなら、ここをこうしたい!」

細やかな部分の演出に少しづつ工夫を凝らしている。そしてその先に必ず、

「お客さまが喜んでくれるように!」

という願いがあるのが幸江さんです。古き良き礼節には厳しいですが、挑戦者の姿勢を忘れません。

業界一部には「これは昔からこうだから仕方ない」みたいな妥協や諦めも多くある中で、謙虚さもありつつ攻める部分は攻める。最初は批判的な意見も内部にもあったと思います。しかし、姿勢を崩さずまっすぐに突き進む姿から、従来のバレエファンにとどまらず様々に幅や層の異なる観客を手に入れているように思いました。

話していると実はそんなに自信家ではない彼女です。

人からどう思われているか?気にしまくります。笑

しかし、ここぞという時は、五感に頼って自分の感性のままに答えを出していく。その姿勢は本当に見習いたい部分で、次々と夢を現実的に叶えていく様に、いつも勇気をいただいています。

幸江さん、ありがとうございます!

そして今後ともよろしくお願いいたします。青木尚哉 2019/09/14



【クラファン日記⑩】


僕の父のことを書かせてください。

まずもって、これは彼をディスる(非尊敬する)ものではありません。どうかその事をまず最初にご理解ください。

僕の父は(低く見積もっても)僕の3倍は真面目な方です。

市役所に勤め、市議会議員を勤め、現在は監査役を勤めております。

仕事だけでなく地域貢献にも積極的で、消防団や教育員会、自治会、お祭りなどあらゆる地域活動に参加しています。

幼い頃の僕が入っていた囃子保存会では先生、少年野球チームでは監督をしていました。家の外でも中でも常に厳しく躾けられたと思います。

そんな彼ですが、

僕が18歳の時、大学進学をせずにダンスの道へ進むことには猛反対でした。

というか勘当同然(死語でしょうか)の仕打ちを受けました。

今でもよく覚えています。

「この国にダンサーという職業はない」

彼の強固たる言い分でした。

おそらく彼なりに調べたのだと思います。

当時、確定申告などする場合に認めてられている職業欄に「ダンサー」がなかったのでしょう。

もう一つ、これも印象的な言葉です。

「文化はわかるが、芸術は理解できない」

もともと田舎である僕の町ではお祭りが盛んです。

これは文化であり守るべきもの。日常生活に隣接し、社会生活に必要不可欠なもの。

一方で芸術は、一部の変わり者が己の自我を突き進み、他人の迷惑を顧みず、社会性とは程遠くなされるもの。

これが彼の芸術観だったのだと思います。

今回のプロジェクトは、こうした僕の父から受けた仕打ちへの回答と思っています。

これまで歩んできたダンスで得た現在の僕の芸術観は、彼との和解を求めるもに他ならないからです。

日本においての芸術と文化はそれほど離れたものではない。

これが僕の芸術観です。

そもそも、古く日本には芸術という観念は無かったのではないでしょうか。

明治以前の日本人の日常生活には、深い文化が根ざしていた。それは西洋でいうところの芸術のはるか先を行く奥深さがあった。

そう想像しています。

明治を越えて、いざ芸術という概念が流れ込んできた時に、芸術はそれができる芸術家や、それを扱える一部のお金持ちのためのものとして、日常と切り離されてしまった。それが現代まで続く芸術に対する違和感なのではないか?と考えています。

芸術は常に真摯で美しいことを求められます。

しかし、それは日本では古くから日常に求められてきた日本文化そのものではないだろうか。

過去と現在を振り返り、未来に想うことはそれほど高尚なことではなく、日々習慣として行うものだ、そう考えるのがの日本人という民族だったはずではないだろうか。

誰もが不安で困惑に満ちた時代だからこそ、もっと気軽に、胸のうちを話し合いたい。そのための芸術であり、そうした活動こそ文化の源であると想うのです。

話が大きくなりすぎた感はありますが、18歳から45歳、27年越しの父との対話がここに表現されています。父との対話であると同時に自己との対話でもあります。

プロジェクトを通じて、こうした追求ができるのもありがたい恩恵の一つだと感じています。

最後のもう一度繰り返します。

これは父をディスる(非尊敬する)ものではないことをご理解ください。

親の立場において子の幸せを思うのなら当然の仕打ちだったと思います。

10年前、娘が生まれて、彼に孫ができ、僕も父となったあたりから、すでに和解は成立しています。笑

二人の仲を見守りつずけてくれた母と姉にも感謝をしております。

この場を借りて、ありがとう。

さて、想いと願いが届くことを願っています。

みなさんのご支援、ご賛同をお待ちしております。青木尚哉  2019/09/12

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青木尚哉グループワークプロジェクト

2017年4月に発足。共通の身体トレーニングを通して「身体と舞踊の関わり」について追求するグループとして活動。様々な状況で置き去りにされている「身体への注目」を高める活動をしている。